M&Aのトラブル類型
更にM&Aのお話を。
M&Aに関する紛争のご相談で最も多いのが表明保証違反だというのは、以前のブログで書きました。それでは、他にはどのようなご相談が多いでしょうか。以下、備忘録的にまとめておきます。ご自身のケースと似ているという方は、ぜひご相談ください。
① 表明保証違反
表明保証の内容は多岐にわたりますが、通常は、以下のような内容が一般的です(なお、株式譲渡契約を念頭に置いています。)。これらにつき事実と異なる点があると後日判明した場合、責任追及の可否が問題となります。
・本契約に必要となる社内手続や監督官庁の許認可等の法令上必要な手続が完了していること
・株式数・株式の種類(新株予約権等がないこと)・株主名簿の記載が真実であること及び売主が対象株式の権利を有していること(質権等の負担もないこと)
・対象会社の貸借対照表及び損益計算書が日本における公正妥当な会計基準により作成され、各作成基準日時点の財政状態・経営状態を適正に示していること・簿外債務を負担していないこと
・租税・公租公課の未払いがなく、適正な申告を行っており、これを否認する課税処分がなされるおそれがないこと
・取引先に対する重大な債務不履行がないこと、現在継続中の訴訟等がないこと
・チェンジ・オブ・コントロール条項(COC条項)がないこと
・従業員・労働組合との間で紛争がないこと、給与・退職金等の未払債務がないこと
・新たに重大な資産の譲渡・処分・借入・保証・担保設定等をしないこと
・新たに設備投資や非経常的な契約締結等をしないこと
・増資、減資、株式分割、合併、会社分割、株式交換又は株式移転をしないこと
・対象事業の運営又は価値に関連を有する重要な文書及び情報で買主から開示請求を受けたものを全て開示しており、これらが重要な点で真実かつ正確であること
・反社条項
② 競業避止義務違反
売主は、M&A実行後の数年間は、対象会社と競合関係に立つ業務を行わず、又は第三者に行わせないという条項が規定されることがよく見られます。この点、事業譲渡の場合は、会社法で規定されていますが、株式譲渡では明文の規定が存在しません。したがって、契約書の中で競業避止義務につき定めておくことが重要です。ただし、M&Aの当事者が市場において一定の規模を有している場合で、競業避止の地域・期間・商品等が広範囲に渡っている場合には、独占禁止法に抵触する可能性がありますので注意が必要です。またそのような場合でなくても、売主の職業選択の自由を侵さない程度にとどめることが必要です。また、この点は、従業員の引き抜き、顧客奪取などの問題とも絡んできますし、売主が第三者を介して競業する業務を行う場合の立証の問題も生じます。
③ 従業員問題
経営者が変わることにより、従業員が離反することがあります。そのような場合を想定して、従業員への説明の方法・タイミング等につき注意深くスキームを進めていくことが通常ですが、旧経営者がカリスマであった場合には特にこのような問題が顕在化します。従業員の会社に対する忠誠心が低下し、生産性が下がり、業務が停滞し、一気に業績が悪化することにつながり得ます。小売業や飲食業の場合は、明日店舗を開けられないという状況に陥ると大変です。また、かかる労働者が、単に退職するのみならず、従来は問題視されていなかった未払残業代等の請求をしてくる場合も想定されます。この点は、上記表明保証責任ともからむ問題となります。
④ 取引先・顧客の離反
クロージング後に、大きな取引先が対象会社との取引を停止してしまうという事態も想定されます。これは、上記COC条項がある場合は表明保証違反の問題として捉えることが比較的容易ですが、そうでない場合にはなかなか厄介な事実認定の問題となります。M&A後速やかに買主が取引先へのフォローをしなかったことから、取引先が将来の取引継続に不安を感じて取引を停止する場合もあり、そのようなケースでは、果たして売主に責任があるといえるか非常に困難な場合があるからです。
⑤ 顧問契約の解除
業務の引継の必要性や、あるいは従業員や取引先との関係を軟着陸させる目的もあり、旧経営者が顧問等の名目で一定期間、引き続き会社に残るという場合がよく見られます。しかし、上に見てきたような問題が売主・買主間で勃発し、顧問契約を一方的に破棄されたり、顧問料を支払わなかったりというケースが散見されます。莫大な譲渡価額を得て左うちわの旧経営者であれば格別、半ば不本意な形での自社売却を余儀なくされた旧経営者の中には、引き続き得られるはずであった顧問料を生活の糧として期待している場合もあり、深刻な事態となります。
⑥ 仲介業者とのトラブル
これも以前のブログで述べました。M&A仲介業者との間の紛争事例も増加しています。
⑦ 経営者保証の引継
旧経営者が負担していた対象会社の保証債務(経営者保証)を、クロージング後に買主が引き継ぐという従前の約束に反し、買主がこの引継・承継の手続を行わず、依然として旧経営者が保証債務から離脱できないという問題です。金融機関の同意がなければ承継手続ができないことから、株式譲渡契約書には努力義務として規定されていることが多いですが、クロージング前に金融機関との事前相談を行うことによって紛争発生を未然に防げる場合が多いと考えられます。
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(2023.9.25 弁護士 中川内 峰幸)